前回は「体制」で会社はよくならないし、チェックリストで会社が衰退するという指摘をした。実は「ルール」の問題についてはこのブログで何度も叫んできた。
UCLAの大御所ウィリアム・オオウチ教授(ご存命かどうか?)は約50年ほど前の論文で(粗い訳をすれば)「社員をコントロールする手段は(1)ルール(2)金(3)価値観」と指摘している。当然ながらルールは最も簡単で価値観は最も難しい。なので、多くの企業は何かあるとその対策としてルールに走る。
しかし、ルールは汎用性が低いばかりか、手段が目的化して葵の印籠としてムダな仕事を増やすだけでなく、やる気のある社員の思考力とモチベーションを奪う。一方、価値観(パーパスとかミッションとか文化でもいい)はオールマイティで顧客の変化に合わせて社員の行動も変えられる。ただ、浸透は簡単ではない。「まずトップが打ち出して、しっかりと浸透できたら、実行ができているかをチェックする」という経営者がいたが、実行できていないのに浸透したという意味が分からない。
「No rules」を旗頭にするNetflixも最近ではその規模の拡大のため、少しずつルールが増えてきたという。一方星野リゾートやドンキホーテなど、ルールで管理するのではなく、権限委譲を進める企業の元気さも目立つ。
「ルールをなくすと悪いことをするのでは?」という懸念もあるかもしれない。しかし、過去の不正の歴史を見えれば「ルールがあっても、するときはする」のである。「ルールがあるから不正をしない」と考える時点で「すでに死んでいる」。
そんなこと言ったって、というのはわかる。ただ、多くの力を「ルールづくり」ではなく「ルールをなくす」ために使う、自分の仕事に誇りをもってそもそも「ずる」をすることなんて考えもしない組織を作ることに費やしたらどうだろう。ひっきりなしに繰り返される駅のアナウンス1つをとってもそれはとても難しい。でも難しいから差がつくのです。