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ガバナンスの誤解(前):ニデックと検察

ニデック(日本電産)問題が世の中をにぎわせ、永守氏も退任した。ビジネススクール業界としては、GE、日産のゴーン改革に続いて、ケースディスカッションの人気題材を失うことになった。

第三者委員会の報告書では創業者である永守重信氏の厳しい業績プレッシャーを最大の原因と指摘する。日経新聞電子版(3/11)の記事では「『赤字は悪』とする企業風土を見直し、解決策を社内で議論できる土壌を育むとともに、社外役員や弁護士らがけん制をきかせる体制作りが欠かせない」と結ばれている。

赤字は悪でしょ、と思うが、今回のポイントはそこではない。未だにガバナンス=社外や第三者が目を光らせることで不正を防止できる、という誤解が蔓延していることに驚くのである。

ガバナンスのもともとは、経営者が株主との情報の非対称性を利用して、例えば意味ないM&Aをして有名になるとか逆にリスクを取らないで安穏とするといった行為を戒めるものである。要は株主の利益を最大化するように経営者に行動させることが主眼であって、会計処理とか不正防止とは次元が違う。なぜかそれらが未だにごっちゃにされている。

そして今まさに、村木厚子さんが「私の履歴書」で検事の証拠改ざん、隠滅の経緯をつづられている。ここでも「上司からのプレッシャー」という言葉が登場する(3/10)。これも人によっては「ガバナンスの問題」というのだろう。

こうした問題は「体制」で解決できるとは思わない。繰り返しになるが、それは誇りとか文化いう、組織の本質的なところの問題だからである。だから、例えばマルイの青井社長も星野リゾートの星野社長も、そしてかつてGEのウェルチ氏も指摘したように、文化を変えるには10年単位の時間と血のにじむ努力の積み重ねが必要である(ちなみに、ニデックは今回の問題を受け「Culture Transformation Lab」という組織を作るのだそう)。

「ガバナンス」といえば、何か解決した気持ちになる。結果として起きるのはチェックリストの蔓延と社員のモチベーションの低下であることが多い。大きな問題は出ないが組織は確実に衰退していく。