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人という資源の再配分(後):How can we assess the value of the human resources?

人を「費用」と考えようが「資源」と考えようが、極めて企業目線であることは間違いない。さらに注意しないといけないのは、その資源としての性格は、金のように誰が見ても価値があるということはなく、企業の価値観や文化、そして事業や戦略によって全く異なることだ。

その意味で学歴重視の採用は手抜きもいいところだし、逆に言えば人が集まりにくい中小企業にとっても「掘り出し物」が結構あることは、成長して上場した企業の社長の学歴を見るとよくわかる。

さて、3/14付の日経では「人事評価・異動にAI]という見出しが一面に踊った。「客観データで公平性」を担保するのだそう。実は「これからの人事はアルゴリズムが分からなければだめだ」という声は国際学会では5年以上前からあり、「好き嫌い人事」から一歩だけ進んだ感はある。

ただこの「客観データ」「公平感」がクセモノである。記事ではデータ量が増えることが強調されていたが、「garbage in, garbage out」という言葉もあるように、ランダムなエラー(ノイズ)ならデータ量が誤差を打ち消してくれるだろうが、一定のバイアスがあるなら増幅するかもしれない。「達成率」みたいなものも、そもそもの目標設定に主観が入らざるを得ないのだから「客観的に見えるもの」でしかありえない。結果としてあるのは「AIだから仕方ない」という「公平感」だろう。「納得感」とは程遠い。そして最も怖いのは「客観的データがないものは無視する」と暗に言っていることである。

企業経営の本質的な難しさと醍醐味は未来への挑戦にある。過去がどうだったか、ウェブでどのような情報があるかではなく、「ぜひこれをやりたい」「なんか気になる」そして「彼女はポテンシャルがある」という主観こそが勝負になってくるのではないかと思われてならない。大谷選手もそうだが人は化ける。

面倒くさい事務仕事はAIに任せて、人事部ではなく経営者がその主観をフルに発揮して人的資本経営をするんです、っていうことならいいけれど。