BLOG

思いつきと熟考(1):Everything starts from “just an idea.”

3/21の新聞によれば東京オリンピックでは海外観客を入れないことが正式に決まったという。とっくに決まったんじゃないのと思っていた。情報を小出しにして反応を探りながら決めるのは時間があればとても効果的だ。念には念を入れたというイメージも作れる。

この反対は「思いつき」。考えてないとか、コロコロ変わるとか、この言葉にはネガティブなニュアンスがついてまわる。誰もしてない「アベノマスク」もその1つだったかもしれない。

でも、そんなに「思いつき」って悪いんだろうか?もしその「思いつき」が常々どうしたらいいかと考えていて、ふっと閃いたものだったらどうだろう。そして、時間をかける事とチャンスを逃すことは一体どちらが大切なんだろう。ジャズの世界では「即興」は非常に大切にされており、一時期経営学でもカール・ウァイク教授を中心にimprovisaionに関する論文がいくつも出された。

コロナ禍で「修正力」という話をいくつか書いたが、我々はどうしても計画を作るとそれに従ってやりたくなる。綿密であればあるほどその通りに行くはずないのに、よりこだわってしまう。(個人的には「アベノマスク」はこちらではないかと考えている)。デフォルトの呪縛力は強いので、「思いつき」でも計画を変えることができるというのは悪くない。

いやいや、そんなにうちの部長をけしかけるようなことを言わないでください、朝礼朝改で周りが疲弊しています、というのであれば悪いのは部長である。私のせいにしないで、と「思いつき」は思っているのでは? (次回に続く)