権限移譲の大切さをわかっていない経営者はいないだろう。しかし、現実にうまくいっていることは少ない。権限移譲の肝は、「するか、しないか」ではなく「なにをするか」、そして決めたら「我慢をして任せ続けること」だからである。
権限移譲が非常に進んでいるとみられることの多いアイリスオーヤマも、実は基本的なところ、特に情報共有に関しては半強制的にルールを守らせる。「四国のユニ・チャーム」の国際化の成功は、知名度もなくいい人が集まらなかった時代に、どのように社員に基本を身に着けさせるかを苦労して学んだことがアジアでの展開に生きているからだという。リクルート創業者の江副浩正氏は「どういう仲間に、どういう言葉で、どんな仕事を、どのタイミングで任せればいいのか」をわかる天才だったといわれるが、その本質は任せた後に見守り続ける胆力にあったのではないか。
「角界最強部屋」を作ったといわれる伊勢ヶ浜親方は「荷物の詰め方まで教える」くらい自分は細かいと述懐されている。「ひとつひとつの生活を丁寧に大事にしないと、相撲も変わらない。いい加減さと心の隙がすべて相撲に出る」からである。
マイクロマネジメント言われようが「何は絶対に守らなくてはいけないか」を社員のDNAに埋め込まななければ、社員は「何は自分で判断していいか」わからない。人的資本経営が叫ばれながら(最近なぜかあまり聞かなくなった)、あまり進んでいるように見えないのは、その徹底度、逆に言えば経営の覚悟が足りないのではないかと思われてならない。
伊勢ヶ浜親方を評しておかみさんが「人の言葉に惑わされたり、ぶれたりしません」というのは示唆的である。オリックスの井上CEOはマイクロマネジメントでありながら「失敗をしても絶対に逃げさせません」と明言する。「強いリーダーシップ」「権限移譲」などなど、巷の流行に右往左往しているうちは、何もできない。