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25年を超えて:AOMシカゴ報告(2)

実は1999年8月にもAOMはシカゴで開かれている(まだトランプタワーはなかった)。この時は博士課程4年に入る直前、ABD(All but Dissertation)と言われる状態で今でも覚えていることがいくつもある。

まず、就職活動の開始がこのAOMだった。今回もスーツを着てネクタイをしている若い出席者を見るが、初任給は高騰しており、今や当時の3倍、20万ドル超えも普通とのこと。

高校時代にちょっとだけ存じ上げていた香港中文大学(当時)の牧野先生に再会したのもこの年。優秀論文に選ばれた私の発表に来てくださったのがきっかけである。この「Imperfect learning」という論文―日本語で言えば「学んだつもり」―は何度も書き直してトップジャーナルに投稿し、惜しいところまで行ったが結局日の目を見ることはできなかった。研究者なら誰もが経験することだが、当時は相当なショックだった。

最後にAmy Edmondsonという先生を知ったこと。発表に出られず、メールで論文を頼むことはよくある(高名な先生に頼まれたこともある)が、博士課程の学生に快く返してくれる先生は稀有な存在だった。ファンになったきっかけである。

当時の博士課程学生の学会出席の学校のサポートは、論文のアクセプトを条件に$500だった。安いチケットのためにヒューストンまで他の学生と車で行き、ホテルも相部屋だったことを思い出した。今は恵まれているなあ、なんて戦争体験談のようである。ただ、当時は本当に戦争だった。