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カネで子供は買えるか?:経済合理性という貧困

「異次元の少子化対策」とは実際は壮大なバラマキだと思う。もちろん経済的なサポートは重要だが、量と次元は別の話。

最近「経済合理性」という言葉がよく耳にする。「正しい」感じがするし、MBAなんかと相性は良い。しかし、経済合理性の基本は過去の延長である。現在価値(NPV)なんていかにも将来から考えていそうだが、将来に向けた成長率も、現在に割り戻す割引率も大体は過去のデータがベースになっている。人間の潜在力を全く考慮しない想像力の貧困を表す言葉でもある。

人は今ではなく、将来を見て動く。貯金をするかどうかは将来を不安に思うかどうかだし、会社選びも初任給以上にその会社で将来どんなことが出来そうか、どれだけ成長できそうかを考える。子供を持つかどうかも同じだろう。

結局先進国の出生率が下がるのは、みんな頭がよくなって=経済合理性に基づくようになり、過去の延長に将来をとらえて夢を見なくなるからだと思う。問題を分析して解決する、という同次元の理屈でできることは知れている。

だとすれば、少子化対策で重要なのは、過去のくびきから解放し想像力を掻き立てて希望を持てるようにすることではないだろうか?「夢のようなことを言うな」って?夢を持てるようにすることこそが「異次元」ではないんですか?