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転落しなかった宴会の数?:「おもてなし」と「おたがいさま」(後)

テレ朝の社員がカラオケで宴会をして大騒ぎになっている。それが判明したのは、1人が「転落」したからである。

身内に甘いマスコミも今回ばかりは非難記事ばかりだ(数日だけだろうが)。「落ちるくらい飲むっていうのは、仕事よっぽど大変だったのね」という三分の理的な同情も見ない。日本中が小学校の学級会になっているように見える。

おそらくみんな余裕がないのだろう。自分がこれだけ我慢しているのに…という不満が怒りに代わっている感がある。ただ、「転落しなかった宴会」はもっとたくさんあるだろう。もちろんそうした行動がよくないことは間違いない。節操のないSNSやニュースに踊らされて怒ったり、がっかりしているのもどうかと思っただけである。「おもてなし」のいきつくところは、失敗や違反にいきり立つ完璧主義、潔癖症でいいのだろうかと。

「おたがいさま」なんていうと「甘い」と叱られるかもしれないことは承知の上である。度を超えた違反も増えた。でも、少し肩の力を抜いたほうがいいのではと思うのである。完璧主義の反対は現実主義、プラグマティズム。人間は完ぺきではないよねという現実観、心の余裕を持った方が、正しくはないかもしれないが幸せだと思う。

家内は、外で失礼なオヤジを見ると「うちの夫も迷惑をかけているかもしれない」と我慢するそうである。