BLOG

「善意」のめんどくささへの向き合い方:How to deal with good intention

少し収まったようだが、一時期「自粛警察」と言った言葉がよく聞かれた。「やりすぎだ」という声もあれば、「当然だ」という意見もあったように思う。最近では政府の対応への「善意」の批判が多いが、ここではその良し悪しの話しではない。

世の中の揉め事で当事者が「悪意」を持っていることは極めて少ないと思う(どこかの郵便局長は別)。大体は「○○のためを思って」「正しいと思って」やったことが問題を起こしている。

善意だから困る。「そんなつもりはない」という言い訳は勿論、お互いが「正義」を振りかざすと衝突は加速し、収まったように見えても結局納得していない。いわゆる「めんどくさい人」問題。ボランティア組織のマネジメントは非常に難しいのだそうである。

1つの対処法は自分が正しいと思う「前提」を見直してみること。お互いが「相手がおかしい」と思っているのだから、相手の言い分にも三分くらい理があるかもしれない。そして、人を変えるよりは自分が変わるほうが簡単だ。

2つめは1回ぐらいはちゃんと話すこと。「めんどくさい」=避けるとなりがちだが、多くの場合その逆の力が働く。わかってもらいたいから、かまって欲しいから、よりめんどくさくなる。ここでも聞く力は大切だ。

もう1つは2人で向かい合うのではなく、並んで話す。相手に詰め寄るのではなく、同じ絵(あるいは目的)を見て話すことで共通点が生まれ「私たち」になる。Zoomにも公園のベンチのような機能が付くといいのになあ。

「向き合い方」といいながら、実は「めんどくさい人」からのお願いでした。でも、ダイバーシティってこういうことでは?