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ベストセラー経営書が1年で廃れる理由

「Scientific rigor, practical relevance」という言葉は、経営学者ならどこかしらで耳にしています。研究者として科学的でなくてはならない一方、現実の役にも立たなくては意味がない。

本当?ノーベル賞をもらうような医学や科学の世界ならともかく、経営学の研究なんて本当に役に立つの?

言ってしまうと身も蓋もないのですが、実際MBA教育や幹部研修の経験から言えば、残念ながら私の研究が直接役に立ったことはあまりありません。ただ、1つ言えるのは、研究者になって「世の中のウソ」がよく見えます。

その「ウソ」は、一見論理的に見えるのですが、その出発点がいい加減です。「なんとなく」であったり(例:社外取締役を入れると会社は良くなる)、サンプル=1だったり(例:成功企業がこんなことをしている)します。最近「Evidence-based ○○」なんてことも聞きますが、スタンフォードの名物教授2人が10年前に指摘した通りで驚きます。

「ウソ」がよく見えるようになったのは、おそらく研究者として「description=現実を明らかにすること」が最重要で、いかにも役に立ちそうな「prescription=処方箋、解決策」は2の次である、という訓練を徹底的に受けたからでしょう。当然ですが、descriptionが間違っていればもっともらしいprescriptionもなんに意味もありません。ベストセラー経営書があっという間にすたれるのは(もちろん例外もあります)、読む側が自分(自社)の description が十分できていないのに飛びつくというのが大きいと思うのです。バイアグラで風邪は治らないのです。

Scientific RigorとPractical Relevanceは関係ない、あるいは相反するものでは決してありません。その意味で、(特に経営学において)研究者の重要な役割は「問題解決力」ではなく「問題提起力」ではないでしょうか。

よく政府が学識経験者を集めて社会問題の対策を検討したりしていますが、個人的には「対策=prescription」ではなく、そもそもどのような問題を取り上げるべきかを考えるときにこそ学識経験者の力が発揮されるのではないかと愚考します。多くの失敗は、本当に取り上げなくてはいけない問題を「大丈夫」と過小評価したり、見過ごしたりするときに起こります。 重篤な機会損失です。

画像で上げたStrategic Management Journalのeditorial board(編集委員)をもう3年やることになりました。この学会誌は経営学(特に戦略分野)で世界でトップ3にランクされ、editorial boardを務めることは(無給ですが)世界で業績を認められた証拠であるばかりでなく、レフリーとして多くの投稿原稿に触れることで、世界中の研究者の興味をいち早く知ることができます。 こうしたトップジャーナルで評価されたペーパーは10年、20年たっても色あせず引用され続けます。

海外の友人から「日本はビジネスはすごいのにビジネス研究はいまいち」とよく言われるのですが、数少ない日本人のboard memberとして(他に香港中文大の牧野先生ーKBS卒業生)、「 Scientific Rigor, Practical Relevance 」そして「 description 」の重要性をより広める責任の重さを感じます。